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秀長家臣・大和新庄初代藩主

桑山重晴

1524年〜没年不詳

羽柴秀長の家臣として但馬竹田城主となり、1万石を領して天正13年まで在城した。紀州平定後、秀長の配下にあり和歌山城代として紀伊統治の実務を担った。秀長の居城は大和郡山であり、和歌山城は秀長家臣団の中で城代を通じて統治される仕組みであった。秀長・秀保の相次ぐ死去を経て、孫一晴が慶長6年に大和新庄藩主として新庄に入部し、陣屋町建設を主導した。重晴自身は隠居して和泉国内に隠居料を得たと伝わるが、詳細は確定していない。

出典 竹田城跡公式サイト、和歌山県立博物館『和歌山城』、葛城市歴史博物館『桑山一族の興隆』

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