織田家の武将・甲斐
生年不詳〜1582年
織田信長の家臣で、1582年3月の武田氏滅亡後に甲斐へ置かれ、旧武田領の軍事・統治の再編を担った。武田氏の滅亡は領主の交替だけでなく、家臣・城・寺社・村落・年貢の関係が一度に揺らぐ出来事で、新支配者には旧臣を取り込み、地域社会との関係を作り直す時間が必要だった。しかし秀隆の甲斐支配は約三か月で本能寺の変を迎え、変後の反発のなかで殺害されたとされる。短期に終わったこと自体が天正壬午の乱の前提であり、失敗を後世の「苛政」だけで説明することはできない。
出典 甲斐市「織田信長が甲斐国を任せた河尻秀隆とは何者か」講座案内/甲斐市「光照寺薬師堂 附 厨子」/山梨県立博物館
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