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滝川一益の家紋

織田家の重臣・伊勢/関東方面

滝川一益

織田信長の重臣で、伊勢における織田の勢力拡大と北畠氏をめぐる政治に関わり、1582年の武田氏滅亡後は関東方面へ配置された。伊勢では織田信雄の北畠家継承を支える立場にあり、志摩の九鬼嘉隆は一益を介して信長に仕えたと伝えられる。武田滅亡後は上野厩橋に置かれ、北条・上杉・徳川に接する新占領地を短期間で管理・防衛する任にあたった。本能寺の変でこの再編は維持できず、北条氏との戦いと上野からの退去は天正壬午の乱の出発点の一つになった。「関東管領」と記す叙述が多いが、どの文書でどの権限を与えられたかは別に確認を要する。

出典 鳥羽市「九鬼嘉隆(人物概要)」/小牧市「小牧・長久手の合戦 関連年表」/群馬県立文書館「上野国と天正壬午の乱」


関連する出来事

1件

1584年

3月

小牧・長久手の戦い

羽柴方の将
この合戦を詳しく見る →

羽柴秀吉と、織田信雄・徳川家康が尾張で争った戦役。小牧山と楽田で長い対陣が続くなか、三河へ迂回した羽柴勢が長久手で徳川勢に討たれた。戦術では家康が勝ち、政略では秀吉が信雄と単独講和して目的を遂げた。

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