武将
8件
1508年
6月
大内義興が足利義尹を奉じて入京
大内義興は追放されていた前将軍・足利義尹(のちの義稙)を奉じ、細川高国らの支持を得て京都へ入った。義尹は幕政へ復帰し、義興と高国が政権を支える体制が成立した。
1511年
8月
船岡山合戦
細川高国・大内義興方が8月24日に船岡山で細川澄元方を破った。将軍・足利義尹は9月1日に京都へ戻り、政権を回復した。
1515年
細川高国が芥川山城の築城を開始
細川高国が摂津で芥川山城の築城を始めた。城は翌1516年初めまでに完成し、能勢頼則が城主として入った。
1520年
2月
細川高国が京都を退去
摂津で細川澄元方の攻勢を受けた細川高国は2月17日に敗れて帰洛したが、将軍警護の申し出を退けられ、近江坂本へ退いた。
1521年
3月
後柏原天皇が即位礼を挙行
践祚から20年以上にわたり延期されていた後柏原天皇の即位礼が3月22日に行われた。細川高国らの献金が挙行を支えた。
1523年
4月
寧波事件
明の寧波で大内氏と細川氏の遣明船が貿易の優先権をめぐって衝突した。大永3年4月30日に始まった事件は日明貿易を大きく停滞させた。
1527年
桂川原の戦い
細川晴元を擁する三好元長・柳本賢治らが細川高国方を桂川原で破り、高国と将軍足利義晴は近江へ退いた。
1531年
6月4日
大物崩れ
細川晴元・三好元長方が細川高国・浦上村宗方を破った。高国軍は後衛の赤松軍の内応もあって総崩れとなり、高国は尼崎へ逃れたのち捕らえられた。
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