武将
8件
1490年
7月
足利義材が10代将軍に就任
足利義材(のちの義稙)が将軍宣下を受けて10代将軍となり、父の義視の後見を受けながら政務を始めた。
1491年
8月
第二次六角征伐が始まる
10代将軍足利義材が六角高頼を討つため近江へ軍勢を送り、自らも出陣して第二次六角征伐を開始した。
1492年
4月
簗瀬河原の戦い
第二次六角征伐のさなか、幕府軍と六角方が簗瀬河原で交戦し、二度の六角征伐を通じても最大規模の激戦となった。
1508年
6月
大内義興が足利義尹を奉じて入京
大内義興は追放されていた前将軍・足利義尹(のちの義稙)を奉じ、細川高国らの支持を得て京都へ入った。義尹は幕政へ復帰し、義興と高国が政権を支える体制が成立した。
1511年
船岡山合戦
細川高国・大内義興方が8月24日に船岡山で細川澄元方を破った。将軍・足利義尹は9月1日に京都へ戻り、政権を回復した。
足利義澄が水茎岡山城で死去
前将軍・足利義澄が近江の水茎岡山城で8月14日に死去した。義澄は細川澄元方に擁立され、将軍・足利義尹方と対立していた。
1513年
11月
足利義尹が義稙へ改名
将軍・足利義尹は11月に名を義稙へ改めた。史料上の名義が変わる節目であり、以後は足利義稙として幕政を担った。
1518年
大内義興が11年ぶりに領国へ帰る
大内義興は足利義稙を支えた11年に及ぶ京都滞在を終え、領国へ帰った。帰国後は山口を中心とする領国支配の立て直しを進めた。
広告