1491年:堀越公方・足利政知の死去と伊豆の動揺 - 戰國大名 勢力地圖
伊豆の堀越公方・足利政知が病没し、跡目をめぐって長男の茶々丸が継母と異母弟を殺害して当主の座についた。この内紛が、2年後に北条早雲(伊勢宗瑞)が伊豆へ討ち入る直接のきっかけとなる。近江では将軍・義材が六角高頼を再び討伐すべく出陣し、高頼は甲賀へ逃亡した。
當年的主要事件
- 1491-月日不詳: 足利政知の死と堀越公方家の内紛 — 堀越公方足利政知が病没した後、茶々丸が異母弟とその母を殺害して御所を掌握し、堀越公方家の内紛が表面化した。
- 1491-08: 第二次六角征伐が始まる — 10代将軍足利義材が六角高頼を討つため近江へ軍勢を送り、自らも出陣して第二次六角征伐を開始した。
- 1491-10: 越後守護上杉房定が死去 — 関東の上杉氏を支援しながら越後を治めてきた守護上杉房定が死去し、越後の守護支配は次の段階へ移った。