令制国数据
筑前国
整个战国时代,筑前被大内氏、少贰氏、大友氏及在地豪族竞争,即使大友氏占优势时期也因毛利氏介入而频生叛乱。丰臣秀吉于1587年平定九州,筑前由大友氏势力转移至丰臣政权,由小早川隆景统治。关原之战中,名岛的小早川秀秋转向东军,战后黑田长政入封,黑田氏统治随之开始。
年表
1551年
–1559年
大友義鎮・秋月氏・宗像氏・立花氏ほか
諸勢力並立大友氏を中心に大内氏残党・毛利氏・筑前国人衆が交錯1557年
1559年
1560年
–1566年
1567年
–1569年
大友宗麟・秋月種実・高橋鑑種ほか
諸勢力並立高橋鑑種・秋月種実らが毛利方として離反し(休松の戦い)、1568年には立花鑑載も離反した。1569年に毛利本隊が立花山城を取ったが(多々良浜の戦い)、尼子再興軍への対応で年末に引き揚げた1570年
–1575年
大友宗麟
大友氏毛利の撤退で筑前は大友の手に戻り、秋月種実らも降った1576年
–1580年
大友義統
大友氏大友義統は1576年に家督を継いだが、宗麟が1587年の死まで実権を持った1581年
大友義統
大友氏大友義統は1576年に家督を継いだが、宗麟が1587年の死まで実権を持った1582年
大友義統
大友氏大友義統は1576年に家督を継いだが、宗麟が1587年の死まで実権を持った1583年
大友義統
大友氏大友義統は1576年に家督を継いだが、宗麟が1587年の死まで実権を持った1584年
大友義統
大友氏大友義統は1576年に家督を継いだが、宗麟が1587年の死まで実権を持った1585年
大友義統
大友氏大友義統は1576年に家督を継いだが、宗麟が1587年の死まで実権を持った1586年
大友義統
大友氏大友義統は1576年に家督を継いだが、宗麟が1587年の死まで実権を持った1587年
大友義統
豊臣氏九州平定で豊臣政権に服属した。大友義統は1576年に家督を継いだが、宗麟が1587年の死まで実権を持った1588年
大友義統
豊臣氏九州平定で豊臣政権に服属した。大友義統は1576年に家督を継いだが、宗麟が1587年の死まで実権を持った1589年
1590年
1591年
–1594年
1595年
–1597年
小早川秀秋
豊臣氏1595年に小早川隆景の家督を継いだ。隆景は1597年6月に没する1598年
–1599年
小早川秀秋
豊臣氏1595年に小早川隆景の家督を継いだ。隆景は1597年6月に没する1600年
小早川秀秋
徳川方名島の小早川秀秋が関ヶ原で東軍へ転じ、戦後に黒田長政が入った/小早川秀秋は関ヶ原で東軍へ転じ、筑前を安堵された1601年
–1602年
1603年
–1616年
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