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令制国数据

飛驒国


年表

  1. 1488年 –1559年

    姉小路氏・三木氏・江馬氏・内ヶ島氏ほか

    三木氏(飛騨)姉小路氏・三木氏・江馬氏・内ヶ島氏ほか(各地に分立)
  2. 1560年 –1569年

    三木良頼

    三木氏(飛騨)1554年に父・直頼の跡を継ぎ、飛驒の国司家である姉小路の名跡を得た。江馬氏・内ヶ島氏と争いながら飛驒の主となる
  3. 1570年 –1572年

    三木良頼

    三木氏(飛騨)1554年に父・直頼の跡を継ぎ、飛驒の国司家である姉小路の名跡を得た。江馬氏・内ヶ島氏と争いながら飛驒の主となる
  4. 1573年 –1577年

    三木自綱

    三木氏(飛騨)1572年11月の父・良頼の死により家督を継いだ。のちに姉小路頼綱を称し、1579年に本拠を桜洞城から松倉城へ移す
  5. 1578年 –1580年

    三木自綱

    織田氏姉小路頼綱(三木自綱)は1577年から織田方として動きはじめ、1578年には織田軍の一員として越中へ出兵した。在地の国主が織田へ属した形で、志摩の九鬼嘉隆と同じ扱いにする
  6. 1581年

    三木自綱

    織田氏姉小路頼綱(三木自綱)は佐々成政と組んで越中の上杉方を討ち、織田方として動いた。金森長近の飛驒平定は1585年8月である
  7. 1582年

    三木自綱

    織田氏本能寺の変ののちは佐々成政と組んで秀吉に抗する
  8. 1583年

    三木自綱

    三木氏(飛騨)金森長近の飛驒平定は1585年8月なので、それまでは三木(姉小路)氏の国である
  9. 1584年

    三木自綱

    三木氏(飛騨)金森長近の飛驒平定は1585年8月なので、それまでは三木(姉小路)氏の国である
  10. 1585年

    金森長近

    羽柴氏
  11. 1586年

    金森長近

    豊臣氏
  12. 1587年

    金森長近

    豊臣氏
  13. 1588年

    金森長近

    豊臣氏
  14. 1589年

    金森長近

    豊臣氏
  15. 1590年

    金森長近

    豊臣氏
  16. 1591年 –1597年

    金森長近

    豊臣氏
  17. 1598年 –1599年

    金森長近

    豊臣氏
  18. 1600年

    金森長近ほか

    徳川方関ヶ原で国を抑えた大名の属した陣営で塗る/関ヶ原合戦後に徳川政権下の領主へ移行
  19. 1601年 –1602年

    金森長近ほか

    徳川政権関ヶ原合戦後に徳川政権下の領主へ移行
  20. 1603年 –1616年

    金森長近

    徳川政権

本国的郡(3)

吉城郡
大野郡
益田郡

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