武将一覧へ戻る

織田政権の京都の奉行・取次

村井貞勝

生年不詳〜1582年

織田信長の家臣で、1568年の上洛後、京都で朝廷・寺社・町衆と信長を結ぶ取次・使者・禁制・普請・儀礼を担った。上洛後の信長は軍隊だけで京都を維持できず、命令を伝えて文書を扱う人びとが政権の要になった。子の長政とともに京都の政務に関わり、1582年の本能寺で信長とともに死亡した。「京都所司代」と呼ばれることがあるが、後世の制度名を信長期の職掌へそのまま当てはめることはできない。

出典 国立歴史民俗博物館「中世の古文書―機能と形―」/京都市歴史資料館/国立公文書館デジタルアーカイブ

家系図

村井貞勝

本人

村井長政

資料で確認できた関係だけを示す。一族の全員を網羅したものではない。

広告