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森長可の家紋

森家当主・美濃

森長可

生年不詳〜1584年

森可成の子で、父の戦死後に美濃を基盤として軍事を担った武将。信濃方面にも出て、旧武田領の再編に関わった。1582年の本能寺の変後は羽柴秀吉方に加わり、1584年の小牧・長久手の戦いでは池田恒興・元助と行動をともにして戦死した。猛将としての人物像で説明せず、知行・寄騎・城の関係から地域の軍事を追う必要がある。

出典 小牧市「小牧・長久手の合戦 関連年表」/京都市「明智光秀胴塚」/国立国会図書館デジタルコレクション「信長公記」検索/小牧市「小牧・長久手の合戦」/姫路市「池田輝政と姫路城」

家系図

森可成

森長可

本人

資料で確認できた関係だけを示す。一族の全員を網羅したものではない。

関連する出来事

3件

1584年

3月

小牧・長久手の戦い

羽柴方の将
この合戦を詳しく見る →

羽柴秀吉と、織田信雄・徳川家康が尾張で争った戦役。小牧山と楽田で長い対陣が続くなか、三河へ迂回した羽柴勢が長久手で徳川勢に討たれた。戦術では家康が勝ち、政略では秀吉が信雄と単独講和して目的を遂げた。

3月28日

羽黒の戦い

参戦・関係
地図で見る

徳川方の酒井忠次らが羽黒まで進出した森長可の軍を破った。

4月9日

長久手の戦い

参戦・関係
地図で見る

徳川家康軍が長久手で羽柴方の別働隊を破り、池田恒興・森長可らが戦死した。

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