1584年:小牧・長久手の戦い

1584年:小牧・長久手の戦い

秀吉と対立を深めた織田信雄は徳川家康と結んで挙兵し、両陣営は尾張で対峙した。長久手での局地戦では家康方が森長可・池田恒興ら秀吉方の有力武将を討ち取って優勢に立ったが、11月に信雄が単独で秀吉と和睦したため、家康も兵を引いて戦いは決着のつかぬまま収束した。

年内の主な出来事

3月

小牧・長久手の戦い始まる

羽柴秀吉軍と徳川家康・織田信雄連合軍が尾張国を中心に対峙し、約8か月に及ぶ戦いが始まった。

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出典 Wikipedia「小牧・長久手の戦い」/Wikipedia「岩崎城の戦い」

3月28日

羽黒の戦い

徳川方の酒井忠次らが羽黒まで進出した森長可の軍を破った。

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出典 Wikipedia「小牧・長久手の戦い」/Wikipedia「岩崎城の戦い」

4月9日

長久手の戦い

徳川家康軍が長久手で羽柴方の別働隊を破り、池田恒興・森長可らが戦死した。

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出典 Wikipedia「小牧・長久手の戦い」/Wikipedia「岩崎城の戦い」

11月

織田信雄と羽柴秀吉が和睦

長島方面で対峙していた織田信雄と羽柴秀吉が単独講和し、徳川家康も撤兵して小牧・長久手の戦いが終結した。

月日不詳
太閤検地開始

豊臣秀吉が土地の測量と等級・年貢を把握する太閤検地を開始した。石田三成ら検地奉行が全国で実施を進めた。