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福島正則 — 福島正則像作者不詳「福島正則像」
福島正則の家紋

尾張清須の大名

福島正則

1583年の賤ヶ岳合戦で秀吉方の若い家臣として武功を挙げ、のちに尾張清須を基盤とする大名になった人物。加藤嘉明・脇坂安治とともに「賤ヶ岳七本槍」として並べられるが、三人が秀吉政権のもとで同じ「武功派」だったわけではなく、領国も家臣団も船・港との関係も異なる。秀吉死後の政治選択も、賤ヶ岳の武功からではなく、その後に形成された領国、朝鮮での軍役、奉行・軍監による評価から追う必要がある。

出典 長浜城歴史博物館「賤ヶ岳合戦と七本槍」/清須市「清洲城」/福岡市博物館「黒田氏の筑前入国」/愛媛県歴史文化博物館「加藤嘉明宛豊臣秀吉朱印状」/岐阜県博物館「増田長盛・長束正家連署状」/松山市「室町時代から安土・桃山時代」/たつの市「淡路国指出寄帳」/たつの市「脇坂安治・安元関係資料一括」


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