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竹中重治の家紋

美濃の武将・羽柴軍

竹中重治

生年不詳〜1579年

美濃斎藤氏の家臣として知られ、のちに羽柴秀吉の播磨・中国攻めに加わった武将。半兵衛の通称で呼ばれる。1564年、斎藤龍興の代に安藤守就とともに稲葉山城を一時占拠した。1578年に始まる三木合戦では秀吉方に加わり、1579年6月13日に平井山の陣中で病死した。稲葉山城占拠の動機・人数・返還の経緯や、黒田孝高と並べる「二兵衛」の軍師像は後世の説明に依存しており、事実としては固定しない。

出典 岐阜市「竹中重治の家紋」/岐阜市「史跡岐阜城跡整備基本計画」/三木市「国指定史跡 三木城跡及び付城跡・土塁」/三木市「竹中半兵衛の墓」


関連する出来事

1件

1564年

竹中重治らが稲葉山城を占拠

当事者
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竹中重治と安藤守就らは斎藤龍興の居城・稲葉山城を一時占拠し、斎藤氏の領国支配の動揺を示した。

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