令制国数据
武蔵国
战国初期,武藏被山内上杉氏、扇谷上杉氏、古河公方等势力分割统治。后北条氏自1546年河越合战取得优势,至1590年小田原合战灭亡前一直统治武藏大部分地区。北条氏灭亡后,武藏成为德川家康的领地,以江户为据点,成为关东统治的中心。
年表
1546年
–1559年
北条氏康・上杉憲政・太田資正ほか
後北条氏後北条氏優勢のもと上杉方・在地勢力が残存1555年
1560年
–1571年
北条氏政
後北条氏氏康は1559年に氏政へ家督を譲ったのち、1571年の死まで実権を握った1572年
–1580年
1581年
北条氏直
後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った1582年
北条氏直
後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った1583年
北条氏直
後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った1584年
北条氏直
後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った1585年
北条氏直
後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った1586年
北条氏直
後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った1587年
北条氏直
後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った1588年
北条氏直
後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った1589年
北条氏直
後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った1590年
北条氏直
後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った/小田原の役の後に徳川家康が関東へ移った/小田原合戦後に徳川家康へ移行1591年
–1597年
1598年
–1599年
1600年
徳川家康
徳川方関ヶ原で国を抑えた大名の属した陣営で塗る1601年
–1602年
1603年
–1616年
1604年
1606年
1607年
1612年
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