1605年:家康、将軍職を秀忠に譲り大御所政治を開始

1605年:家康、将軍職を秀忠に譲り大御所政治を開始

征夷大将軍就任からわずか2年で、家康は将軍職を子・秀忠に譲った。将軍職が徳川家の世襲であることを内外に示す狙いがあったとされる。家康自身は駿府に退いて大御所と称し、実権は握り続けたまま、江戸の秀忠政権を後見する二元的な統治体制を築いた。

年内の主な出来事

4月8日

前田利常、元服・叙任・松平賜姓

加賀藩主・前田利長の養嗣子・前田利常が、京都で家康・秀忠に謁見し、元服して従四位下侍従兼筑前守に叙任され、松平姓を賜った。

4月12日

豊臣秀頼の右大臣転任

朝廷において、秀頼は内大臣から右大臣へ転任した。この昇進は徳川秀忠の将軍宣下の4日前であった。

4月16日

徳川秀忠が征夷大将軍に就任

徳川家康は伏見城で将軍職を秀忠へ譲り、徳川家による将軍職世襲の方針を天下に示した。

6月28日

前田利長が隠居

加賀藩主・前田利長が家督を養嗣子・利常に譲り、越中新川郡22万石を養老領として富山城に隠居した。