織田信長は天正5年(1577)6月、安土城下の山下町中に13箇条の掟書を出し、座の特権を廃止して城下を楽市と定め、中山道を通る商人の安土宿泊も命じた。近世城下町法の先駆けとされる。
城下町の範囲は広いため、座標は安土城下(近江八幡市安土町下豊浦)の代表点である。天正10年(1582)6月の安土城天主焼失をもって城の機能は失われたが、町自体は天正13年(1585)の八幡山城下建設に伴う移転まで存続したとされる。
確実度:高本文に書いた沿革が、出典でどこまで裏づけられているかを示す。座標の精度や年代の確度ではない。