後北条氏支配下の1577年、武田金掘衆が既存の竪坑へ向けて斜坑を掘り進めた金鉱である。後北条氏滅亡後は徳川氏の鉱山経営へ引き継がれ、土肥地域の産金拠点を構成した。
1577年の開削と武田金掘衆の関与は、伊豆市も「ではないかと考えられている」としており確定していない。
確実度:中本文に書いた沿革が、出典でどこまで裏づけられているかを示す。座標の精度や年代の確度ではない。