1586年:秀吉、太政大臣となり豊臣姓を賜る

1586年:秀吉、太政大臣となり豊臣姓を賜る

秀吉は太政大臣に任じられ、朝廷から豊臣の姓を賜り、名実ともに天下人としての地位を固めた。同年4月、島津氏の圧迫を受けていた豊後の大友宗麟が大坂城の秀吉のもとを訪れて救援を要請し、これを機に翌年の九州平定へとつながる出兵の準備が進められた。

年内の主な出来事

2月

聚楽第の造営開始

豊臣秀吉が京都の内野に政庁兼邸宅となる聚楽第の造営を始めた。

5月

朝日姫が徳川家康へ嫁ぐ

豊臣秀吉は妹の朝日姫を徳川家康へ嫁がせ、豊臣・徳川間に姻戚関係を作った。さらに母の大政所を岡崎へ送り、家康が秀吉へ臣従する交渉を親族関係と政治的保証で支えた。

出典 国立公文書館「秀吉への臣従」/東京大学史料編纂所『大日本史料 第十一編之二十九』

10月27日

徳川家康が大坂城で秀吉に謁見

徳川家康が大坂城へ登城して豊臣秀吉に謁見し、豊臣政権下の大名秩序に組み込まれた。

月日不詳
豊臣秀吉が太政大臣に就任

豊臣秀吉が太政大臣に任じられ、朝廷の最高官職を得た。