1591年:豊臣秀吉の天下統一

1591年:豊臣秀吉の天下統一

小田原征伐後、東北大名の再配置を行い、豊臣政権の支配体制が全国に確立。

年内の主な出来事

9月4日

九戸政実が降伏

豊臣政権の再仕置軍に包囲された九戸政実が九戸城を開いて降伏し、奥州での大規模な抵抗が終結した。

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出典 岩手県「九戸政実とは」/二戸市九戸城跡資料

10月10日

名護屋城築城開始

豊臣秀吉の朝鮮出兵拠点として肥前名護屋城の築城が始まり、全国の大名が普請を分担した。

12月

豊臣秀次が関白に就任

豊臣秀吉が甥の秀次へ関白職を譲り、秀次は聚楽第で政務を担うことになった。

月日不詳
北条氏直が赦免される

高野山に追放されていた北条氏直が赦免され、見性斎と称して秀吉に仕え、大名に復帰した。北条家の戦国大名としての再興の可能性が生まれた。

北条氏直が病没する

大名に復帰した北条氏直は、その後間もなく病没した。五代100年に及んだ小田原北条氏の戦国大名としての政権は1590年に終わり、氏直の早い死によって旧領を基盤とする当主家の再興は実現しなかった。

御土居・寺町造成

豊臣秀吉が京都を囲む御土居を築き、軍事防衛・治水・都市区画を兼ねた土木事業を進めた。併せて寺町造成と本願寺の現在地への移転を進めた。