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九戸政実の乱

1591年 · 陸奥国九戸城周辺

南部氏一族の九戸政実が奥羽仕置後の体制に抗して蜂起し、豊臣政権の再仕置軍に九戸城を包囲されて降伏した戦い。

背景

奥羽では小田原後の領主配置換えと検地が進み、南部家中の継承対立と地域秩序の再編が重なって九戸勢力が蜂起した。

結末

豊臣方の大軍が九戸城を包囲し、九戸政実は開城・降伏した。政実らは処刑され、南部信直を中心とする支配が再編された。

九戸政実の乱 — 陸奥国九戸城周辺

戦況年表

1 1591年

九戸政実が蜂起する

九戸政実らは南部家中と奥羽仕置後の新秩序に抗して蜂起した。

豊臣秀吉

再仕置軍を派遣

南部信直

南部方当主

出典12·確実度:中

2 1591年夏

再仕置軍が九戸城を包囲する

豊臣政権は奥羽諸大名を含む再仕置軍を送り、九戸城を包囲した。

豊臣秀吉

再仕置軍を派遣

南部信直

南部方当主

出典12·確実度:中

3 1591年9月4日

九戸政実が降伏する

九戸政実は九戸城を開いて降伏し、奥羽での大規模な組織的抵抗は終結した。

豊臣秀吉

再仕置軍を派遣

南部信直

南部方当主

出典12·確実度:中

歴史的な位置づけ

秀吉への組織的抵抗が終わる『天下統一最後の戦い』と地域史で位置付けられるが、その後すべての紛争が消えた意味ではない。

主な関係人物

豊臣氏

1名

豊臣秀吉

再仕置軍を派遣

豊臣・南部方

出典12·確実度:中

南部氏

1名

南部信直

南部方当主

豊臣・南部方

出典12·確実度:中

データ上の注意

兵数・損害・個人武功は調査ノートで確認できる範囲に限定する。

参照した資料

  1. 岩手県「九戸政実とは」
  2. 二戸市九戸城跡資料

本文中の番号は、上の一覧の資料に対応する。確実度は、その記述が出典でどこまで裏づけられているかを示すもので、座標の精度や年代の確度ではない。

1591年の勢力図を見る
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