INTERACTIVE BATTLE
1555年8月〜11月 · 信濃国川中島・善光寺平(現在の長野市)
武田晴信と長尾景虎が犀川をはさんで200日余り対陣した戦い。旭山城が落ちないため決戦にならず、今川義元の仲介で和睦した。
善光寺別当の栗田氏が武田方へ通じ、旭山城に拠った。景虎は善光寺の奪回を目指して出陣し、善光寺の東の横山城に陣を構えた。
本格的な戦闘に至らないまま今川義元の仲介で和睦した。和睦の条件に旭山城の破却が含まれ、城は壊された。

栗田氏が旭山城に拠る
景虎が葛山城を築いて対峙する
犀川をはさんで200日余り対陣する
今川義元の仲介で和睦する
川中島の五度の対陣のうち、最も長い対陣となった。決戦ではなく城と兵站の押し合いで決まったことが、この戦いの性格を示している。
データ上の注意
日付は西暦(ユリウス暦)で表記する。出典は旧暦を用いており、7月の出陣から閏10月15日の和睦までが西暦の1555年8月から11月末にあたる。対陣の開始時期は資料により3月とも7月とも書かれるため、表示は幅を持たせる。兵数と支援物資の数値は軍記由来のため本文には書かない。
参照した資料
本文中の番号は、上の一覧の資料に対応する。確実度は、その記述が出典でどこまで裏づけられているかを示すもので、座標の精度や年代の確度ではない。

広告