武将
4件
1600年
10月
第二次上田合戦
徳川秀忠軍が真田昌幸・信繁の守る上田城を攻めたが攻略できず、中山道軍の西上が遅れた。
1601年
真田昌幸・信繁父子が九度山へ配流
上田城を明け渡した真田昌幸・信繁父子が、紀伊国高野山麓の九度山へ配流された。
1614年
11月
大坂冬の陣始まる
徳川方の大軍が大坂城を包囲し、豊臣方は真田信繁が築いた真田丸などを拠点に籠城戦を展開した。
1615年
5月6日
大坂夏の陣で両軍激突
大坂城南方で徳川・豊臣両軍が決戦に入り、豊臣方の真田信繁らが徳川本陣へ迫る激戦となった。
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