小西行長と明の沈惟敬らが交渉を重ねるも、両者の思惑は大きく食い違い、実態を偽った文書のやり取りで表面上の講和が図られた。朝鮮半島南岸では日本軍が倭城と呼ばれる一連の城郭を築いて長期駐留に備え、戦線は事実上の膠着状態に入った。
1月
豊臣秀吉が指月の伏見城を本格的な城郭へ改修し、明使を迎える政治拠点として整備を進めた。
8月
伏見の指月城が完成し、豊臣秀吉が入城した。伏見は政権と交通の新たな中心となった。
伏見城造営に伴い伏見港が開かれ、宇治川沿いの太閤堤など水陸交通を結ぶ大規模な土木工事が進められた。