1602年:東本願寺の分立 - 戦国大名 勢力マップ

徳川家康は本願寺法主・准如の兄で、かつて石山合戦で徹底抗戦を主張した教如に京都・烏丸七条の寺地を寄進し、新たな本願寺の建立を許した。これにより本願寺は西本願寺と東本願寺に分立することとなり、家康には巨大教団を二分してその政治力を削ぐ狙いがあったとされる。

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