INTERACTIVE BATTLE
1585年11月 · 陸奥国安達郡・人取橋周辺
伊達政宗軍と、佐竹義重を中心に蘆名氏などが加わった反伊達連合軍が人取橋周辺で戦った合戦。伊達軍は苦戦したが、連合軍は撤退した。
二本松義継による伊達輝宗拉致とその死後、政宗が二本松攻めを進めたため、南奥州の諸勢力が伊達氏の拡大を警戒して連合した。
伊達軍は壊滅を免れ、連合軍は佐竹領内の情勢などを背景に撤退した。政宗による南奥州進出は止まらず、郡山合戦へ対立が続いた。

政宗個人の危機だけでなく、佐竹・蘆名・二本松などの婚姻・領国秩序と伊達氏の拡大が衝突した戦いとして扱う。
データ上の注意
兵数・損害・個人武功は調査ノートで確認できる範囲に限定する。
参照した資料
本文中の番号は、上の一覧の資料に対応する。確実度は、その記述が出典でどこまで裏づけられているかを示すもので、座標の精度や年代の確度ではない。

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