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北条氏直の家紋

後北条氏 五代当主

北条氏直

生年不詳〜1591年

後北条氏の五代当主。1580年8月に氏政から家督を継ぎ、父の後見の下で、1582年の本能寺の変後に旧武田領で滝川一益を破って東信濃へ進出した。徳川家康と和睦して上野を領有し、家康の娘・督姫を妻に迎え、古河公方の権力と領国も併合して後北条氏の最大領国を形成した。豊臣秀吉との交渉は沼田領と上洛の問題で決裂し、1590年7月に降伏して高野山へ追放された。翌1591年に赦免されて大名へ復帰したが、同年中に病没した。

出典 おだわらデジタルミュージアム「北条氏政」/小田原市「四代氏政の時代」/おだわらデジタルミュージアム「北条氏直」/小田原市「五代氏直の家督相続」/小田原市「小田原合戦」/小田原市「北条氏五代100年の歴史」/小田原市「北条氏ゆかりの地を訪ねる」/国立国会図書館サーチ『北条氏政:乾坤を截破し太虚に帰す』

家系図

北条氏政

北条氏直

本人

督姫

配偶者

北条氏盛

養子

資料で確認できた関係だけを示す。一族の全員を網羅したものではない。破線は養子縁組か、続柄だけが分かり親を特定していない関係を示す。

関連する出来事

6件

1582年

天正壬午の乱

関東から信濃へ侵攻した北条軍当主
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本能寺の変後に空白となった旧武田領をめぐり、徳川氏と後北条氏を中心とする争いが甲斐・信濃・上野で展開した。

1589年

10月

名胡桃城事件

名胡桃城事件の責任を問われた当主
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後北条方の沼田城代猪俣範直が、豊臣秀吉の裁定で真田領とされた名胡桃城を奪取した。

11月24日

秀吉が後北条氏へ宣戦布告

宣戦布告を受けた後北条当主
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豊臣秀吉が名胡桃城奪取を惣無事令違反とし、北条氏直へ宣戦布告状を発した。

1590年

3月29日

山中城の戦い

後北条方
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豊臣軍が小田原への進路を守る後北条氏の山中城を攻撃し、半日で落城させた。

4月3日

小田原城包囲開始

小田原城籠城軍の当主
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豊臣秀吉が小田原へ着陣し、諸将の軍勢で後北条氏の小田原城を包囲した。

7月5日

北条氏直が降伏

小田原城を開城・降伏
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小田原城に籠城していた北条氏直が豊臣秀吉に降伏し、小田原合戦が終結した。

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