1589年:摺上原の戦いと奥羽情勢の緊張

1589年:摺上原の戦いと奥羽情勢の緊張

伊達政宗が摺上原で蘆名勢に勝利し会津黒川城を奪取。奥羽で勢力均衡が崩れ、翌年の小田原征伐・翌々年の奥州仕置へと緊張が高まる。中央では豊臣政権が検地と統制を前進させた。

年内の主な出来事

6月

摺上原の戦い

伊達政宗が摺上原で蘆名義広方を破り、その後黒川城へ入って会津を掌握した。

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出典 福島県「県のすがた 中世」/猪苗代町「猪苗代城址と鶴峰城址(亀ヶ城公園)」/磐梯町「まちの歴史」

10月

名胡桃城事件

後北条方の沼田城代猪俣範直が、豊臣秀吉の裁定で真田領とされた名胡桃城を奪取した。

11月24日

秀吉が後北条氏へ宣戦布告

豊臣秀吉が名胡桃城奪取を惣無事令違反とし、北条氏直へ宣戦布告状を発した。

月日不詳
山中城の増築

後北条氏が豊臣秀吉との対決に備え、山中城の岱崎出丸を城域に取り込むなど防備を強化した。