国別データ
戦国前期は扇谷上杉氏のもとで大森氏・三浦氏らが割拠したが、伊勢宗瑞(北条早雲)の侵攻を受け、1516年までに後北条氏の支配下に入った。以後は氏綱・氏康・氏政・氏直と5代続く後北条氏の本国として、小田原城を拠点に関東支配の中心となった。1590年の小田原合戦で北条氏が滅亡すると、翌1591年からは徳川家康の領国に組み込まれた。
1541年 〜1559年
1559年
1560年 〜1571年
1560年
1561年
1562年
北条氏が飯泉観音門前市に法度を出す
後北条氏は飯泉観音の門前市に対し、課税・強制的な買い取り・乱暴や口論を禁ずる法度を出し、市場の取引と安全を統制した。
北条氏が飯泉観音門前市に法度を出すが行われた1562年の勢力図1569年
北条氏と上杉氏が越相同盟を結ぶ
武田信玄の駿河侵攻を受け、北条氏康・氏政は長く敵対していた上杉謙信との和睦を進めた。両氏は越相同盟を結び、武田氏に対抗する外交関係へ移った。
北条氏と上杉氏が越相同盟を結ぶが行われた1569年の勢力図1571年
1572年 〜1580年
1580年
1581年
1582年
1583年
1584年
1585年
1586年
1587年
1588年
1589年
1590年
小田原城下の総構築造
北条氏は小田原城下を包む約9キロメートルの総構を築いた。家臣・町人・商人・寺社が暮らす都市全体を防衛圏に入れ、軍事と商業を統合させた城下町。
小田原城下の総構築造が行われた1590年の勢力図1591年 〜1597年
1591年
北条氏直が病没する
大名に復帰した北条氏直は、その後間もなく病没した。五代100年に及んだ小田原北条氏の戦国大名としての政権は1590年に終わり、氏直の早い死によって旧領を基盤とする当主家の再興は実現しなかった。
北条氏直が病没するが行われた1591年の勢力図1598年 〜1599年
1600年
1601年 〜1602年
1603年 〜1615年
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