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後北条氏一門・韮山在番/対外交渉

北条氏規

北条氏康の子で、氏政の弟。三崎城を経て韮山に在番し、代官の清水氏らとともに伊豆西方の防衛と支配を担った。韮山での立場は固定的な「城主」ではなく、両代官体制から段階的に氏規を中心とする体制へ移ったとされる。徳川家康・豊臣秀吉との外交も担当し、1588年には上洛して秀吉に謁見し、北条の従属を表明した。1590年の小田原開城後は甥の氏直に従って高野山へ赴き、のち河内狭山の知行を得て、子の氏盛を通じて狭山藩北条氏へつないだ。

出典 八王子市「八王子城跡」/八王子市「滝山城跡」/寄居町「鉢形城跡」/鉢形城歴史館「戦国の知将 北条氏邦」/小田原市「北条氏の外交戦略」/伊豆の国市「韮山城跡の調査・研究」/小田原市「北条氏ゆかりの地を訪ねる」

家系図

資料で確認できた関係だけを示す。一族の全員を網羅したものではない。

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