1578年:上杉謙信の急死と荒木村重の謀反

1578年:上杉謙信の急死と荒木村重の謀反

3月、上杉謙信が後継者を定めぬまま急死し、養子の景勝と景虎が家督を争う御館の乱が越後で勃発した。畿内では信長の重臣・荒木村重が突如毛利・本願寺方に転じて有岡城に籠城し、信長は摂津方面の重要拠点を失う危機に直面した。

年内の主な出来事

3月

三木合戦始まる

三木城主・別所長治が織田方から離反して毛利方に呼応し、羽柴秀吉による三木城攻囲が始まった。

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出典 三木市「三木合戦とは【豊臣兄弟と三木】」/三木市「三木城跡及び付城跡・土塁(国指定史跡)」/三木市「三木合戦の史跡・スポット」

7月

織田信忠が三木城包囲の付城を築く

織田信長の嫡男・信忠は三木合戦に出陣し、羽柴秀吉の本陣となる平井山ノ上付城などを築いて包囲網を強化した。

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出典 三木市「三木合戦とは【豊臣兄弟と三木】」/三木市「三木城跡及び付城跡・土塁(国指定史跡)」/三木市「三木合戦の史跡・スポット」

月日不詳
上杉謙信が春日山城で急死

上杉謙信が後継者を明示する確実な譲状や遺言状を残さないまま急死した。上杉景勝が春日山城中枢を確保し、上杉景虎方との対立は御館の乱へ進んだ。

出典 上越市「春日山城跡」/南魚沼市「坂戸城跡」/新潟県「関興寺」