
伊達政宗が摺上原で蘆名勢に勝利し会津黒川城を奪取。奥羽で勢力均衡が崩れ、翌年の小田原征伐・翌々年の奥州仕置へと緊張が高まる。中央では豊臣政権が検地と統制を前進させた。
6月
伊達政宗が摺上原で蘆名義広方を破り、その後黒川城へ入って会津を掌握した。
この合戦を詳しく見る →出典 福島県「県のすがた 中世」/猪苗代町「猪苗代城址と鶴峰城址(亀ヶ城公園)」/磐梯町「まちの歴史」
8月
豊臣秀吉が美濃国を直轄領・大名領の区別なく統一的基準で検地し、全国の軍役・知行の基準を揃える政策を進めた。
10月
後北条方の沼田城代猪俣範直が、豊臣秀吉の裁定で真田領とされた名胡桃城を奪取した。