INTERACTIVE BATTLE
1600年9月 · 出羽国長谷堂城周辺
直江兼続率いる上杉軍が最上領へ侵攻し、長谷堂城を攻めたが攻略できず、関ヶ原敗報を受けて撤退した戦役。
会津征伐軍が西へ転進した後、上杉氏は以前から庄内をめぐって争っていた最上領へ軍を進めた。西軍との連携と奥羽固有の領土争いが重なった。
長谷堂城は持ちこたえ、関ヶ原での西軍敗北を知った上杉軍は置賜へ撤退した。戦後、上杉氏は米沢へ減封され、最上氏は加増された。

『北の関ヶ原』という後世の呼称だけでなく、庄内・置賜・山形盆地をめぐる独自の領国戦争として扱う。
データ上の注意
兵数・損害・個人武功は調査ノートで確認できる範囲に限定する。
参照した資料
本文中の番号は、上の一覧の資料に対応する。確実度は、その記述が出典でどこまで裏づけられているかを示すもので、座標の精度や年代の確度ではない。

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