INTERACTIVE BATTLE
1557年5月〜10月 · 信濃国北部・川中島(現在の長野市周辺)
武田方が葛山城を落としたのを受けて長尾景虎が北信濃へ出兵したが、武田方は決戦を避け、決着はつかなかった。
1557年2月、武田方は調略で葛山城の落合一族を寝返らせ、馬場信春らの攻撃で城を落とした。城将の落合備中守は戦死し、長尾方は善光寺平の拠点を失った。
景虎はいくつかの城を攻めたが、武田方は正面から当たらなかった。8月下旬に上野原で戦闘があったものの、大きな戦果のないまま景虎は兵を退いた。

武田方が葛山城を落とす
景虎が北信濃へ出兵する
上野原で戦い、決着がつかない
武田方が決戦を避けながら北信濃の支配を固めた年にあたる。第三次は大規模な決戦ではなく、一連の対陣と小競り合いの総称である。
データ上の注意
日付は西暦(ユリウス暦)で表記する。出典は旧暦を用いており、4月から9月までの出兵が西暦の1557年5月から10月にあたる。上野原の位置は特定されておらず、地図の点は川中島一帯の代表位置に置く。
参照した資料
本文中の番号は、上の一覧の資料に対応する。確実度は、その記述が出典でどこまで裏づけられているかを示すもので、座標の精度や年代の確度ではない。

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