1557年:第三次川中島の戦い

1557年:第三次川中島の戦い

武田晴信と長尾景虎は北信濃で再び対峙し、川中島をめぐる軍事的緊張が続いた。

年内の主な出来事

5月

第三次川中島の戦い

武田方が葛山城を落としたのを受けて長尾景虎が北信濃へ出兵したが、武田方は決戦を避け、決着はつかなかった。

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出典 長野市「川中島古戦場史跡公園」/ながの観光net「川中島の戦い 史跡ガイド」

防長平定

毛利元就が防長へ進出し、大内氏の旧領である周防・長門を掌握した。

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出典 山口県「さらば!! 西国一の大名・大内氏「最後の当主」大内義長」/Wikipedia「防長経略」

月日不詳
古処山城の落城

毛利氏に呼応して大友氏に背いた秋月文種・晴種父子が、大友義鎮の攻撃を受けて古処山城で敗死し、城は落城した。

出典 朝倉市「ふるさと人物誌1 戦国時代を翔けた『秋月種実』」

南宗寺の創建

三好長慶が父の菩提を弔うため、大徳寺の大林宗套を開山として南宗寺を創建した。

出典 堺市「南宗寺仏殿、山門、唐門」