武将
6件
1560年
9月
九州情勢緊迫
大友義鎮(宗麟)と島津義久の間で領土争いが激化の兆し。
1571年
冬
島津・大友対立の継続
九州では島津義久と大友義鎮(宗麟)の緊張関係が続き、日向・肥後方面の国衆を巻き込んだ勢力争いが続いた。
1573年
島津氏と大友氏の緊張継続
九州では島津義久が南九州で地歩を固め、大友宗麟との対立構造が続く。全面衝突前夜の均衡状態が保たれた。
1581年
島津氏の南九州統一完了
島津義久が薩摩・大隅を完全支配し、日向北部の国衆に圧力を強める。九州南部の勢力図が固まる。
1587年
3月
九州平定
大友氏の要請と島津氏への停戦命令を背景に、豊臣秀吉が大軍を九州へ進め、島津義久を降伏させた戦役。
5月
島津義久が豊臣秀吉に降伏
九州へ進軍した豊臣軍を受け、島津義久が川内の泰平寺で秀吉に降伏した。
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