1571年:比叡山焼き討ちと包囲網の緊張激化 - 戦国大名 勢力マップ
姉川・志賀の陣の余波が続く中、織田信長は畿内で反対勢力への圧力を一段と強めた。浅井・朝倉、本願寺、延暦寺、将軍足利義昭らを含む反信長勢力との対立は先鋭化し、9月には比叡山焼き討ちを断行。近畿の政治・宗教秩序に大きな衝撃を与え、第一次信長包囲網は全面対決の段階へ進んだ。
年内の主な出来事
- 1571-01: 畿内戦線の膠着継続 — 前年の志賀の陣後も、織田方と浅井・朝倉・本願寺方の対立は続き、近江・京都周辺では緊張状態が解消されなかった。
- 1571-02: 足利義昭の反信長工作 — 将軍足利義昭は諸大名・寺社勢力に働きかけ、信長を抑えるための政治的連携を模索。包囲網形成の動きが水面下で進む。
- 1571-06: 織田方の近江再編 — 信長は坂本・大津周辺の支配体制を補強し、畿内から北近江へ向かう兵站線の維持を図る。家臣団の配置も見直された。
- 1571-07: 本願寺勢力との対立継続 — 石山本願寺を中心とする一向宗勢力との対立は収まらず、摂津・河内・近江周辺で織田方との軍事的緊張が続いた。
- 1571-08: 北陸・東国諸勢力の動向注視 — 上杉謙信や武田信玄ら有力大名の動向が畿内情勢に影響を与えると見られ、信長・義昭双方が広域的な連携の可能性を探った。
- 1571-09: 比叡山焼き討ち — 織田信長は比叡山延暦寺を大規模に攻撃し、堂塔・坊舎を焼き払った。延暦寺勢力を軍事的・政治的に排除し、畿内支配強化への強い意思を示した。
- 1571-冬: 島津・大友対立の継続 — 九州では島津義久と大友義鎮(宗麟)の緊張関係が続き、日向・肥後方面の国衆を巻き込んだ勢力争いが続いた。
- 1571-春: 浅井・朝倉軍の再動員 — 北近江・越前方面で浅井長政・朝倉義景が兵力を整え、織田領への圧迫を継続。織田方は近江南部と京都防衛を固める。
- 1571-春: 比叡山延暦寺との対立深刻化 — 延暦寺が浅井・朝倉方や反織田勢力と結び付く姿勢を示し、信長は京都背後の軍事・政治的脅威として警戒を強めた。
- 1571-秋: 京都周辺の織田支配強化 — 比叡山攻撃後、信長は京都・近江南部の支配体制を再編し、寺社・在地勢力に対する統制を強めた。
- 1571-秋: 毛利氏の西国防衛維持 — 毛利輝元は中国地方で防衛線を維持し、尼子残党や織田方の西進に備えつつ、畿内の動揺を慎重に見極めた。
- 1571-秋: 長宗我部元親の土佐支配進展 — 四国では長宗我部元親が土佐国内の支配をさらに固め、阿波方面への進出をうかがう段階に入った。