
金ヶ崎撤退で浅井長政の離反が表面化。続く姉川の戦いで織田・徳川連合が勝利するも、石山合戦が始まり戦線は拡大。志賀の陣では畿内情勢が緊迫し、翌年の比叡山焼き討ちへと緊張が高まる一年となった。
4月
越前方面への進軍中、同盟を結んでいた浅井長政が突如離反。織田信長は朝倉義景軍と挟撃される危機に陥るが、殿軍の奮戦で主力を温存し撤退に成功。
夏
還俗した尼子勝久を主将に、山中幸盛らが出雲へ侵攻し一時大半を制圧するが、帰国した毛利輝元・吉川元春・小早川隆景の大軍に布部山で大敗し、勢力を大きく後退させる。
出典 戦国ヒストリー「布部山の戦い(1570年)」
秋
本山氏・安芸氏を下して土佐中部・東部を制圧。残る土佐西部・幡多郡の一条氏との対立が、土佐統一の最終局面となる。
出典 高知県公式「長宗我部元親と土佐の戦国時代」
薩摩国内では東郷氏・入来院氏らが服属し統一が進む一方、大隅国では肝付氏など有力国衆となお抗争が続いていた。
出典 鹿児島県公式「島津家の内紛・三州の統一」
7月30日
8月
摂津国石山本願寺の顕如が織田信長に反旗を翻し挙兵。以後、周辺一向宗勢力を巻き込む長期戦に発展。
この合戦を詳しく見る →出典 大阪市「石山(大坂)本願寺推定地」/大阪市「大阪市の歴史-タイムトリップ20,000年」
9月
摂津国で織田方が三好三人衆・本願寺方の拠点を攻撃。浅井・朝倉軍の南下により兵を返す事態となる。
この合戦を詳しく見る →出典 大阪市「7.野田城(のだじょう)跡」(福島区玉川四丁目11)/大阪市福島区「名所・旧跡」