
武田信玄の死去によって反信長勢の求心力が低下する中、織田信長は畿内・近江で攻勢を強めた。槇島城攻めで足利義昭を追放し、室町幕府は実質的に滅亡。続いて浅井長政・朝倉義景を滅ぼし、第一次信長包囲網は大きく崩壊した。各地でも勢力再編が進み、戦国時代後期の主導権が織田方へ傾く転機となった一年である。
1月25日
遠江三方ヶ原で武田軍と徳川・織田連合軍が激突し、家康は大敗。武田信玄の軍事的威勢が全国に示され、反信長勢力に大きな心理的影響を与えた。
この合戦を詳しく見る →出典 Wikipedia「三方ヶ原の戦い」