1501年:細川政元、式条を定め内衆を統制 - 戦国大名 勢力マップ
管領・細川政元は家中の内衆(重臣団)を統制するための式条(規則)を定め、権力基盤の引き締めを図った。一方で政元は修験道への傾倒を深め、山伏を各地へ派遣して情報収集にあたらせるなど、異色の統治スタイルで知られた。
年内の主な出来事
- 1501-06: 細川政元が家法を制定 — 細川政元が文亀元年閏6月に「文亀御禁制条目」を定めた。養子・聡明丸への家督委譲を表明するなか、家臣団の統制を主眼とした規定だった。
管領・細川政元は家中の内衆(重臣団)を統制するための式条(規則)を定め、権力基盤の引き締めを図った。一方で政元は修験道への傾倒を深め、山伏を各地へ派遣して情報収集にあたらせるなど、異色の統治スタイルで知られた。