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国別データ

下総国


年表

  1. 1538年 〜1559年

    千葉氏・結城氏・足利晴氏・北条氏綱北条氏康・里見氏ほか

    諸勢力並立千葉氏・結城氏・古河公方方・後北条氏・里見氏ほか(各地に分立)
  2. 1558年

    6月関宿城の明け渡しと足利義氏の移座

    北条氏康の圧力で関宿城主・簗田晴助が本拠を古河城へ移座。古河公方・足利義氏が関宿城を新たな御座所とし、氏康は古河公方への影響力を強めた。

    関宿城の明け渡しと足利義氏の移座が行われた1558年の勢力図
  3. 1560年

    千葉胤富

    後北条氏氏康は1559年に氏政へ家督を譲ったのち、1571年の死まで実権を握った/後北条氏影響下
  4. 1561年

    千葉胤富

    諸勢力並立長尾景虎の越山で古河城が落ち、足利藤氏が古河公方に立てられた。本佐倉の千葉氏は後北条方に留まったが、関宿の簗田氏や結城氏は上杉方に付いた
  5. 1562年 〜1571年

    千葉胤富

    後北条氏氏康は1559年に氏政へ家督を譲ったのち、1571年の死まで実権を握った/後北条氏影響下
  6. 1564年

    第二次国府台合戦

    北条氏政と里見義弘が国府台で戦った。北条方が勝利して房総への影響力を広げた。

    第二次国府台合戦が行われた1564年の勢力図
  7. 1572年 〜1579年

    千葉胤富

    後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った/後北条氏影響下
  8. 1580年

    千葉邦胤

    後北条氏千葉胤富の死により邦胤が継いだ
  9. 1581年

    千葉邦胤

    後北条氏本佐倉の千葉邦胤は後北条方に留まった
  10. 1582年

    千葉邦胤

    後北条氏本佐倉の千葉邦胤は後北条方に留まった
  11. 1583年

    千葉邦胤

    後北条氏本佐倉の千葉邦胤は後北条方に留まった
  12. 1584年

    千葉邦胤

    後北条氏本佐倉の千葉邦胤は後北条方に留まった
  13. 1585年

    千葉邦胤

    千葉氏邦胤暗殺後に後北条氏の影響下で後継を選定
  14. 1586年

    北条氏直・千葉重胤

    後北条氏千葉邦胤の暗殺後、後北条氏の影響下で幼い重胤が千葉氏領を継いだ/対立ではなく主従のため並立にはしない
  15. 1587年

    北条氏直・千葉重胤

    後北条氏後北条氏の影響下で千葉氏領を支配した
  16. 1588年

    北条氏直・千葉重胤

    後北条氏後北条氏の影響下で千葉氏領を支配した
  17. 1589年

    北条氏直・千葉重胤

    後北条氏後北条氏の影響下で千葉氏領を支配した
  18. 1590年

    北条氏直・千葉重胤ほか

    後北条氏氏政は1580年に氏直へ家督を譲ったのち、1590年の滅亡まで実権を握った/小田原の役の後に徳川家康が関東へ移った/小田原合戦後に徳川領国へ移行
  19. 1591年 〜1597年

    徳川家康

    豊臣氏
  20. 1598年 〜1599年

    徳川家康

    豊臣氏
  21. 1600年

    徳川家康

    徳川方関ヶ原で国を抑えた大名の属した陣営で塗る
  22. 1601年 〜1602年

    徳川家康

    徳川政権
  23. 1603年

    下総諸領主ほか

    徳川政権土井利勝は在国するが小見川1万石にとどまり、佐倉3万2千石への加増移封は慶長15年。国を代表させるのは不適当。佐倉市による。
  24. 1604年 〜1616年

    土井利勝

    徳川政権

この国の郡(12)

匝瑳郡
千葉郡
印旛郡
埴生郡
岡田郡
海上郡
猿島郡
相馬郡
結城郡
葛飾郡
豊田郡
香取郡

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