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国別データ

甲斐国


年表

  1. 1541年 〜1559年

    武田晴信

    武田氏信玄
  2. 1560年 〜1572年

    武田信玄

    武田氏
  3. 1565年

    武田義信が東光寺に幽閉される

    武田信玄は嫡男の義信を甲府の東光寺に幽閉し、義信の守役だった飯富虎昌を密謀が露見したとして処置した。武田家の後継体制と対今川外交が動揺した。

    武田義信が東光寺に幽閉されるが行われた1565年の勢力図
  4. 1572年

    5月武田信玄の西上作戦開始

    武田信玄は遠江・三河方面への本格進軍を開始し、徳川家康領を圧迫。反信長包囲網の中で最も強力な軍事行動として注目を集めた。

    武田信玄の西上作戦開始が行われた1572年の勢力図
  5. 1573年 〜1580年

    武田勝頼

    武田氏武田信玄の死により勝頼が家督を継いだ
  6. 1581年

    武田勝頼

    武田氏
  7. 1582年

    徳川家康北条氏直

    諸勢力並立武田の滅亡(3月)で河尻秀隆が入ったが、本能寺の変後の一揆で敗死。天正壬午の乱で徳川と北条が争い、10月の和睦で甲斐は徳川領となった
  8. 4月3日武田勝頼自害

    新府城を放棄した武田勝頼が田野で自害し、甲斐武田氏が滅亡した。

    武田勝頼自害が行われた1582年の勢力図
  9. 7月徳川家康が甲斐へ進出

    本能寺の変後に旧武田領が動揺すると、徳川家康は甲斐へ入国した。家康は新府周辺で後北条氏と対峙し、武田旧臣の取り込みを進めた。

    徳川家康が甲斐へ進出が行われた1582年の勢力図
  10. 10月徳川家康と後北条氏が和議

    旧武田領をめぐる徳川・後北条両軍の対陣は、織田信雄・信孝兄弟の勧めもあって和議に至った。家康は甲斐と南信濃を確保し、三河・遠江・駿河を合わせた五国の大名へ成長した。

    徳川家康と後北条氏が和議が行われた1582年の勢力図
  11. 10月天正壬午の乱と和睦

    旧武田領をめぐる徳川家康と後北条氏の争いが和睦で収束。家康は甲斐・信濃を加えた五か国を領有する大名へと成長した。

    天正壬午の乱と和睦が行われた1582年の勢力図
  12. 天正壬午の乱

    本能寺の変後に空白となった旧武田領をめぐり、徳川氏と後北条氏を中心とする争いが甲斐・信濃・上野で展開した。

    天正壬午の乱が行われた1582年の勢力図
  13. 1583年

    徳川家康

    徳川氏
  14. 1584年

    徳川家康

    徳川氏
  15. 1585年

    徳川家康

    徳川氏
  16. 1586年

    徳川家康

    徳川氏
  17. 1587年

    徳川家康

    豊臣氏
  18. 1588年

    徳川家康

    豊臣氏
  19. 1589年

    徳川家康

    豊臣氏
  20. 1590年

    徳川家康

    豊臣氏徳川家康の関東移封の後に羽柴秀勝が入った/家康の関東移封後に羽柴秀勝へ移行
  21. 1591年

    加藤光泰

    豊臣氏羽柴秀勝から加藤光泰へ移行
  22. 1592年

    加藤光泰

    豊臣氏
  23. 1593年

    浅野長政浅野幸長

    豊臣氏加藤光泰から浅野氏へ移行
  24. 1594年 〜1597年

  25. 1598年 〜1599年

  26. 1600年

    浅野幸長

    徳川方甲府の浅野幸長が東軍として出陣し、戦後に紀伊へ移った/関ヶ原で国を抑えた大名の属した陣営で塗る/徳川家康(平岩親吉を城代に配置)
  27. 1601年 〜1602年

    徳川家康

    徳川政権徳川家康(平岩親吉を城代に配置)
  28. 1603年

    徳川義直

    徳川政権徳川義直(平岩親吉を城代に配置)
  29. 1604年 〜1615年

    徳川義直

    徳川政権