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国別データ

肥前国


年表

  1. 1536年 〜1559年

    龍造寺家兼・龍造寺隆信・少弐氏残党・松浦党・有馬氏・大村氏ほか

    龍造寺氏龍造寺氏の台頭と肥前諸勢力が交錯
  2. 1558年

    11月蓮池城の陥落

    龍造寺隆信が江上武種を先制攻撃。先陣の小田政光が莞牟田縄手で戦死したのち、隆信が蓮池城を急襲して落とした。

    蓮池城の陥落が行われた1558年の勢力図
  3. 1560年

    龍造寺隆信松浦隆信大村純忠・有馬晴純ほか

    諸勢力並立少弐氏の滅亡で龍造寺隆信が東肥前を握ったが、平戸の松浦、大村、島原の有馬は独立していた
  4. 1561年 〜1569年

    龍造寺隆信松浦隆信大村純忠・有馬晴純ほか

    諸勢力並立少弐氏の滅亡で龍造寺隆信が東肥前を握ったが、平戸の松浦、大村、島原の有馬は独立していた。大友氏の肥前侵攻が続いた
  5. 1570年 〜1577年

    龍造寺隆信松浦隆信大村純忠・有馬義貞ほか

    諸勢力並立今山の戦い(1570年)で大友の大軍を退けた龍造寺氏が東肥前から勢力を広げ、西の松浦・大村・有馬と押し合った
  6. 1578年 〜1580年

    龍造寺隆信

    龍造寺氏1577年までに大村・有馬が従い、龍造寺隆信は肥前をほぼ手中にした
  7. 1581年

    龍造寺隆信

    龍造寺氏
  8. 1582年

    龍造寺隆信

    龍造寺氏
  9. 1583年

    龍造寺隆信

    龍造寺氏
  10. 1584年

    龍造寺隆信

    龍造寺氏隆信戦死後に政家・鍋島直茂らが領国運営
  11. 1585年

    龍造寺政家・鍋島直茂

    龍造寺氏龍造寺政家と鍋島直茂を中心に領国運営
  12. 1586年

    龍造寺政家・鍋島直茂

    龍造寺氏龍造寺政家と鍋島直茂を中心に領国運営
  13. 1587年

    龍造寺政家・鍋島直茂

    豊臣氏龍造寺政家と鍋島直茂を中心に領国運営
  14. 1588年

    龍造寺政家・鍋島直茂

    豊臣氏龍造寺政家と鍋島直茂を中心に領国運営
  15. 1589年

    鍋島直茂

    豊臣氏
  16. 1590年

    鍋島直茂

    豊臣氏
  17. 1591年 〜1597年

    鍋島直茂

    豊臣氏
  18. 1591年

    10月10日名護屋城築城開始

    豊臣秀吉の朝鮮出兵拠点として肥前名護屋城の築城が始まり、全国の大名が普請を分担した。

    名護屋城築城開始が行われた1591年の勢力図
  19. 1592年

    3月名護屋城完成と諸大名集結

    朝鮮出兵の国内拠点となる名護屋城が完成し、全国から出陣する諸大名の軍勢が周辺の陣屋へ集結した。

    名護屋城完成と諸大名集結が行われた1592年の勢力図
  20. 3月文禄の役の渡海開始

    豊臣秀吉の命を受けた諸大名の軍勢が名護屋から朝鮮半島へ向けて順次出航した。

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  21. 1593年

    5月22日秀吉が名護屋から講和交渉を報告

    名護屋に在陣する豊臣秀吉が北政所へ書状を送り、明使が講和条件を示したことなどを伝えた。

    秀吉が名護屋から講和交渉を報告が行われた1593年の勢力図
  22. 1597年

    2月5日日本二十六聖人殉教

    京都・大坂などで捕らえられた宣教師と信徒26人が長崎西坂で処刑された。

    日本二十六聖人殉教が行われた1597年の勢力図
  23. 慶長の役

    豊臣秀吉が再出兵を命じ、日本の諸大名が渡海したが、講和交渉はまとまらず。秀吉死去後、在朝鮮軍は撤退した。

    慶長の役が行われた1597年の勢力図
  24. 慶長の役の渡海開始

    豊臣政権が朝鮮半島への再出兵を命じ、肥前名護屋を国内拠点として諸大名の軍勢が再び渡海した。

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  25. 1598年 〜1599年

    鍋島直茂

    豊臣氏
  26. 1598年

    朝鮮半島からの撤兵

    豊臣秀吉の死後、諸大名の軍勢が朝鮮半島から撤退し、肥前名護屋を拠点とした出兵が終結した。

    朝鮮半島からの撤兵が行われた1598年の勢力図
  27. 1600年

    鍋島勝茂

    徳川方鍋島直茂は西軍として出陣したのち東軍へ転じた
  28. 1601年 〜1602年

    鍋島勝茂ほか

    徳川政権鍋島氏が実効支配を進めるが幕府公認は慶長18年。唐津の寺沢・平戸の松浦など諸藩が並立。
  29. 1603年

    鍋島勝茂ほか

    徳川政権名目上の当主は勝茂だが実権は父・直茂にあり、正式な家督移譲は慶長12年。唐津の寺沢・平戸の松浦・大村・島原の有馬など諸藩が並立する。鍋島報效会徴古館による。
  30. 1604年 〜1616年

    鍋島勝茂

    徳川政権
  31. 1609年

    平戸オランダ商館設置

    オランダ東インド会社が幕府の許可を受けて平戸に商館を設け、日蘭貿易の拠点とした。

    平戸オランダ商館設置が行われた1609年の勢力図
  32. 1611年

    佐賀城総普請完成

    鍋島直茂・勝茂が進めた佐賀城の総普請が完成し、勝茂が本丸へ入った。

    佐賀城総普請完成が行われた1611年の勢力図

この国の郡(11)

三根郡
佐賀郡
基肄郡
小城郡
彼杵郡
杵島郡
松浦郡
神埼郡
藤津郡
養父郡
高来郡

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