国別データ
1536年 〜1559年
龍造寺家兼・龍造寺隆信・少弐氏残党・松浦党・有馬氏・大村氏ほか
1558年
11月蓮池城の陥落
龍造寺隆信が江上武種を先制攻撃。先陣の小田政光が莞牟田縄手で戦死したのち、隆信が蓮池城を急襲して落とした。
1560年
龍造寺隆信・松浦隆信・大村純忠・有馬晴純ほか
1561年 〜1569年
1570年 〜1577年
龍造寺隆信・松浦隆信・大村純忠・有馬義貞ほか
1578年 〜1580年
龍造寺隆信
1581年
1582年
1583年
1584年
1585年
龍造寺政家・鍋島直茂
1586年
1587年
1588年
1589年
鍋島直茂
1590年
1591年 〜1597年
1591年
10月10日名護屋城築城開始
豊臣秀吉の朝鮮出兵拠点として肥前名護屋城の築城が始まり、全国の大名が普請を分担した。
1592年
3月名護屋城完成と諸大名集結
朝鮮出兵の国内拠点となる名護屋城が完成し、全国から出陣する諸大名の軍勢が周辺の陣屋へ集結した。
3月文禄の役の渡海開始
豊臣秀吉の命を受けた諸大名の軍勢が名護屋から朝鮮半島へ向けて順次出航した。
1593年
5月22日秀吉が名護屋から講和交渉を報告
名護屋に在陣する豊臣秀吉が北政所へ書状を送り、明使が講和条件を示したことなどを伝えた。
1597年
2月5日日本二十六聖人殉教
京都・大坂などで捕らえられた宣教師と信徒26人が長崎西坂で処刑された。
慶長の役
豊臣秀吉が再出兵を命じ、日本の諸大名が渡海したが、講和交渉はまとまらず。秀吉死去後、在朝鮮軍は撤退した。
慶長の役の渡海開始
豊臣政権が朝鮮半島への再出兵を命じ、肥前名護屋を国内拠点として諸大名の軍勢が再び渡海した。
1598年 〜1599年
1598年
朝鮮半島からの撤兵
豊臣秀吉の死後、諸大名の軍勢が朝鮮半島から撤退し、肥前名護屋を拠点とした出兵が終結した。
1600年
鍋島勝茂
1601年 〜1602年
1603年 〜1615年
1609年
平戸オランダ商館設置
オランダ東インド会社が幕府の許可を受けて平戸に商館を設け、日蘭貿易の拠点とした。
1611年
佐賀城総普請完成
鍋島直茂・勝茂が進めた佐賀城の総普請が完成し、勝茂が本丸へ入った。
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