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国別データ

尾張国


年表

  1. 1555年 〜1558年

    織田信長織田信安/信賢・今川義元ほか

    諸勢力並立清洲城の信長と岩倉織田氏が対立し今川方も南部に残存
  2. 1556年

    9月稲生の戦い

    織田信長が、弟の信行を擁立した柴田勝家・林秀貞らを稲生原で破り、織田弾正忠家中での立場を固めた。

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  3. 1558年

    浮野の戦い

    織田信長が岩倉城の織田氏を浮野で破った。翌年の岩倉城落城により、尾張は信長の手に統一される。

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  4. 1559年

    織田信長・今川義元ほか

    諸勢力並立岩倉城落城で信長が尾張をほぼ統一し南東部に今川方が残存
  5. 1月岩倉城攻略

    織田信長が岩倉城を攻略して尾張北部の織田伊勢守家を滅ぼし、尾張のほぼ全域を掌握した。

    岩倉城攻略が行われた1559年の勢力図
  6. 1560年 〜1580年

    織田信長

    織田氏
  7. 1560年

    5月今川義元の上洛進軍

    駿遠三・三河の兵を率いて尾張へ侵攻。大高城などを攻略し圧力を強める。

    今川義元の上洛進軍が行われた1560年の勢力図
  8. 5月藤吉郎の兵糧入れ

    織田方の木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)、大高城への兵糧運搬を成功させ信長の信任を得る。

    藤吉郎の兵糧入れが行われた1560年の勢力図
  9. 6月12日桶狭間の戦い

    織田信長が奇襲を敢行し、今川義元を討ち取る。尾張の主導権を掌握。

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  10. 1562年

    清須同盟成立

    松平元康と織田信長は清須城で会見して同盟を結び、元康は三河平定、信長は美濃攻略へ注力できる体制を整えた。

    清須同盟成立が行われた1562年の勢力図
  11. 1563年

    織田信長が小牧山城へ移る

    織田信長は美濃攻略の拠点として小牧山城を築き、清須城から居城を移すとともに山麓へ計画的な城下町を整備した。

    織田信長が小牧山城へ移るが行われた1563年の勢力図
  12. 1581年

    織田信長

    織田氏
  13. 1582年

    織田信雄

    織田信雄方
  14. 7月清須会議

    清須城で織田家の後継と領地再配分が協議され、信長の嫡孫・三法師が後継者となった。織田信雄と信孝による家督継承は退けられ、羽柴秀吉の影響力が強まった。

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  15. 7月三法師が織田家の後継者に決まる

    清須会議で、織田信忠の幼い嫡男・三法師(後の織田秀信)が祖父・信長の後継者に選ばれた。信長の次男・信雄と三男・信孝による家督継承案は採用されなかった。

    三法師が織田家の後継者に決まるが行われた1582年の勢力図
  16. 7月織田信雄が尾張と清須城を継承

    清須会議後、織田信長の次男・信雄は尾張を領して清須城主となった。信雄はその後、清須城と城下を大規模に整備していく。

    織田信雄が尾張と清須城を継承が行われた1582年の勢力図
  17. 1583年

    織田信雄

    織田信雄方
  18. 織田信孝が野間で自害

    柴田勝家と結んで羽柴秀吉・織田信雄に対抗した織田信孝は、賤ヶ岳と北庄城の敗北後に孤立し、尾張国野間の大御堂寺で自害した。

    織田信孝が野間で自害が行われた1583年の勢力図
  19. 1584年

    織田信雄

    織田信雄方
  20. 3月小牧・長久手の戦い始まる

    羽柴秀吉軍と徳川家康・織田信雄連合軍が尾張国を中心に対峙し、約8か月に及ぶ戦いが始まった。

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  21. 3月28日羽黒の戦い

    徳川方の酒井忠次らが羽黒まで進出した森長可の軍を破った。

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  22. 4月9日長久手の戦い

    徳川家康軍が長久手で羽柴方の別働隊を破り、池田恒興・森長可らが戦死した。

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  23. 1585年

    織田信雄

    羽柴氏
  24. 1586年

    織田信雄

    豊臣氏
  25. 1587年

    織田信雄

    豊臣氏
  26. 1588年

    織田信雄

    豊臣氏
  27. 1589年

    織田信雄

    豊臣氏豊臣大名化した織田信雄が尾張を統治
  28. 1590年

    織田信雄

    豊臣氏織田信雄は小田原の役の後、転封を拒んで改易された
  29. 1591年 〜1594年

    豊臣秀次

    豊臣氏清洲城。秀次は1595年7月に切腹する
  30. 1595年 〜1597年

    福島正則

    豊臣氏清洲城。秀次の失脚を受けて入る
  31. 1598年 〜1599年

    福島正則

    豊臣氏清洲城。秀次の失脚を受けて入る
  32. 1600年

    福島正則

    徳川方関ヶ原で国を抑えた大名の属した陣営で塗る
  33. 1601年 〜1602年

    福島正則

    徳川政権
  34. 1603年 〜1615年

    徳川義直

    徳川政権
  35. 1610年

    名古屋城の公儀普請開始

    徳川家康は西国・北国の大名二十家を動員し、大坂への備えと尾張徳川家の本拠となる名古屋城の築城を開始した。

    名古屋城の公儀普請開始が行われた1610年の勢力図
  36. 1612年

    名古屋城天守完成

    公儀普請で築かれた名古屋城の大小天守が完成し、尾張徳川家の本拠を象徴する金鯱が大天守に上げられた。

    名古屋城天守完成が行われた1612年の勢力図