1560年:桶狭間の戦いと各地の動乱

1560年:桶狭間の戦いと各地の動乱

桶狭間の戦いによる今川義元の討死は全国に衝撃を与えた。これを機に織田信長は尾張支配を固め、松平元康(徳川家康)は三河で独立の動きを強めた。同年、越後では長尾景虎(上杉謙信)が関東出兵の準備を進め、九州では大友氏と島津氏の間で緊張が高まるなど、各地で政変・戦闘が続いた。

年内の主な出来事

1月

斎藤義龍急死

美濃の斎藤義龍が急死し、嫡子・斎藤龍興が家督を継ぐ。国内は不安定化。

2月

石見銀山の掌握強化

毛利元就が石見銀山の支配を固め、財政基盤を一層強化する。

3月

越後・関東情勢

長尾景虎(上杉謙信)が関東進出の準備を進め、北条氏康との対立が続く。

4月

美濃国内の動揺

斎藤龍興の若年就任に反発する国衆が一部離反し、織田方との内通も発生。

5月

今川義元の上洛進軍

駿遠三・三河の兵を率いて尾張へ侵攻。大高城などを攻略し圧力を強める。

藤吉郎の兵糧入れ

織田方の木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)、大高城への兵糧運搬を成功させ信長の信任を得る。

6月

信濃国衆の動き

川中島方面で武田信玄が軍備を整え、上杉方の国衆動員を牽制。

6月12日

桶狭間の戦い

織田信長が奇襲を敢行し、今川義元を討ち取る。尾張の主導権を掌握。

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出典 豊明市「桶狭間古戦場伝説地」/国立公文書館デジタル展示「徳川家康」/名古屋市博物館「五月の信長」

7月

北条氏康の関東制圧進展

関東の一部諸将を傘下に収め、上杉勢力を牽制。

紀伊・畿内情勢

三好長慶が畿内支配の再編を進め、紀伊・和泉方面の寺社勢力と交渉を重ねる。

8月

元康の岡崎帰還

松平元康(家康)が三河・岡崎へ復帰し、今川からの自立を進める。

土佐統一の進展

長宗我部国親が安芸氏を滅ぼし、土佐支配の大半を確立。

9月

九州情勢緊迫

大友義鎮(宗麟)と島津義久の間で領土争いが激化の兆し。

肥後・日向国境紛争

大友方の国衆と島津方の国衆が国境付近で小競り合いを繰り返す。

野良田の戦い

浅井長政が宇曽川をはさんで六角義賢の軍を破り、これ以後、江北を自立した領国として支配するようになった。

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出典 滋賀県教育委員会「近江戦国探訪ガイドブック2 信長の城と戦国近江」/Wikipedia「野良田の戦い」

10月

毛利氏の中国支配拡大

毛利元就が山陰の尼子残党勢力を攻撃し、勢力圏を拡大。

11月

越後の軍備整備

上杉謙信が越後国内の兵農分離や兵站整備を進め、次年の関東出兵に備える。

12月

京都政局の安定化模索

将軍足利義輝が畿内有力大名や寺社勢力との関係改善を模索し、京都の政局安定を狙う。