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国別データ

近江国


年表

  1. 1523年 〜1559年

    六角氏・浅井氏・京極氏残党ほか

    諸勢力並立江南/江北
  2. 1560年 〜1567年

    六角氏・浅井氏

    諸勢力並立江南/江北
  3. 1560年

    9月野良田の戦い

    浅井長政が宇曽川をはさんで六角義賢の軍を破り、これ以後、江北を自立した領国として支配するようになった。

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  4. 1568年 〜1569年

    織田氏・浅井氏

    諸勢力並立江南/江北
  5. 1568年

    織田信長が観音寺城を攻略

    足利義昭を奉じて上洛する織田信長は近江の観音寺城を攻め、六角義賢らを退けて京都への進路を確保した。

    織田信長が観音寺城を攻略が行われた1568年の勢力図
  6. 1570年 〜1572年

    織田信長浅井長政

    諸勢力並立織田方と浅井氏が南北で対立
  7. 1570年

    7月30日姉川の戦い

    近江国姉川流域で織田・徳川連合軍が浅井・朝倉連合軍を破る。戦後、北近江の拠点城を押さえ勢力圏を拡大。

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  8. 10月志賀の陣

    近江国坂本〜大津周辺で織田軍と浅井・朝倉・本願寺勢が対陣。比叡山延暦寺の仲介も入りつつ膠着し、翌年への火種を残す。

    志賀の陣が行われた1570年の勢力図
  9. 1571年

    9月比叡山焼き討ち

    織田信長は比叡山延暦寺を大規模に攻撃し、堂塔・坊舎を焼き払った。延暦寺勢力を軍事的・政治的に排除し、畿内支配強化への強い意思を示した。

    比叡山焼き討ちが行われた1571年の勢力図
  10. 浅井・朝倉軍の再動員

    北近江・越前方面で浅井長政・朝倉義景が兵力を整え、織田領への圧迫を継続。織田方は近江南部と京都防衛を固める。

    浅井・朝倉軍の再動員が行われた1571年の勢力図
  11. 1572年

    7月越前・北近江で浅井・朝倉が持久

    浅井・朝倉両氏は織田方の圧迫に対しつつも、北近江・越前でなお勢力を維持し、信長の畿内・東海両面対応を強いた。

    越前・北近江で浅井・朝倉が持久が行われた1572年の勢力図
  12. 1573年

    織田信長浅井長政

    諸勢力並立小谷城は1573年9月に落ち、浅井氏は滅んだ。織田の単色は翌年から
  13. 9月小谷城落城・浅井長政自害

    北近江の小谷城が織田軍に攻め落とされ、浅井長政は自害。浅井氏は滅亡し、近江北部は織田方の支配下に入った。

    小谷城落城・浅井長政自害が行われた1573年の勢力図
  14. 1574年 〜1581年

    織田信長

    織田氏明智光秀・羽柴秀吉・丹羽長秀ほかが分担
  15. 1574年

    羽柴秀吉が長浜城と城下町の建設を始める

    浅井氏滅亡後に近江北部を任された羽柴秀吉は、今浜を長浜と改め、琵琶湖岸に城と城下町を整え始めた。湖上交通と北国街道を結ぶ統治拠点となった。

    羽柴秀吉が長浜城と城下町の建設を始めるが行われた1574年の勢力図
  16. 1576年

    織田信長が安土へ移る

    織田信長は琵琶湖東岸の安土山に新城の築造を進め、岐阜から本拠を移した。

    織田信長が安土へ移るが行われた1576年の勢力図
  17. 1579年

    安土城天主竣工

    織田信長の本拠・安土城で天主が竣工し、政治・軍事・文化の新たな中心を象徴する城郭が姿を現した。

    安土城天主竣工が行われた1579年の勢力図
  18. 1581年

    6月織田信長の検地命令

    畿内・東海の直轄領で検地を進め、年貢徴収と軍役動員の効率化を図る。統治強化の一環として農地調査を徹底。

    織田信長の検地命令が行われた1581年の勢力図
  19. 1582年

    柴田勝豊丹羽長秀・堀秀政ほか

    諸勢力並立本能寺の変で明智光秀が一時押さえたが、山崎の敗戦と清須会議で分けられた。長浜は柴田、坂本・高島は丹羽、佐和山は堀秀政
  20. 1583年

    羽柴秀吉・近江諸領主

    羽柴氏羽柴政権下で近江諸領主が分領
  21. 6月11日賤ヶ岳の戦い

    羽柴秀吉軍と柴田勝家軍が近江国伊香郡の賤ヶ岳周辺で戦い、柴田軍が敗れた。

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  22. 1584年

    羽柴秀吉・近江諸領主

    羽柴氏羽柴政権下で近江諸領主が分領
  23. 1585年

    羽柴秀吉・近江諸領主

    羽柴氏羽柴政権下で近江諸領主が分領
  24. 1586年

    豊臣秀吉・近江諸領主

    豊臣氏豊臣政権下で近江諸領主が分領
  25. 1587年

    豊臣秀吉・近江諸領主

    豊臣氏豊臣政権下で近江諸領主が分領
  26. 1588年

    豊臣秀吉・近江諸領主

    豊臣氏豊臣政権下で近江諸領主が分領
  27. 1589年

    豊臣秀次石田三成京極高次・長束正家ほか

    豊臣氏豊臣政権下で近江諸大名が分領
  28. 1590年

    豊臣秀次石田三成京極高次・長束正家ほか

    豊臣氏豊臣政権下で近江諸大名が分領
  29. 1591年 〜1594年

    豊臣秀次石田三成京極高次・長束正家ほか

    豊臣氏豊臣政権下で近江諸大名が分領
  30. 1595年 〜1597年

    石田三成京極高次・長束正家ほか

    豊臣氏佐和山・大津・水口などを諸大名が分領
  31. 1598年 〜1599年

    豊臣秀頼石田三成京極高次・長束正家ほか

    豊臣氏秀頼直轄領と佐和山・大津・水口などの諸大名領が並立
  32. 1600年

    石田三成・長束正家・京極高次ほか

    石田方佐和山の石田三成と水口の長束正家が西軍/大津城の京極高次は東軍で籠城した
  33. 1601年 〜1602年

    井伊直政・徳川代官ほか

    徳川政権井伊直政の佐和山入封と大津の幕府直轄化
  34. 1603年 〜1615年

    井伊直継・戸田一西・徳川代官ほか

    徳川政権徳川政権下で諸大名領と幕府領が並立