年代地図へ戻る

国別データ

摂津国


年表

  1. 1549年 〜1559年

    三好長慶・池田氏ほか

    三好氏三好長慶優勢のもと摂津国人衆が並存
  2. 1560年 〜1564年

    三好長慶

    三好氏池田勝正ら
  3. 1565年 〜1567年

    三好義継

    三好氏三好長慶の死により義継が継いだ
  4. 1568年 〜1569年

    池田勝正・伊丹親興和田惟政

    織田氏上洛後、三守護が摂津を分けて治めた
  5. 1570年 〜1572年

    池田勝正・和田惟政・三好三人衆・本願寺顕如ほか

    諸勢力並立野田・福島の挙兵(1570年)から石山合戦が始まり、三好三人衆と本願寺が西部を、織田方の三守護が東部を保った。白井河原の戦い(1571年)で和田惟政が敗死し、池田家では荒木村重が実権を握っていく
  6. 1570年

    8月石山合戦の開幕

    摂津国石山本願寺の顕如が織田信長に反旗を翻し挙兵。以後、周辺一向宗勢力を巻き込む長期戦に発展。

    この合戦を詳しく見る →
  7. 9月野田・福島の戦い

    摂津国で織田方が三好三人衆・本願寺方の拠点を攻撃。浅井・朝倉軍の南下により兵を返す事態となる。

    この合戦を詳しく見る →
  8. 1573年 〜1579年

    荒木村重・本願寺顕如ほか

    諸勢力並立荒木村重が摂津一職を任され(1574年)伊丹を有岡と改めた。石山本願寺は大坂を保ち続け、1578年の村重の離反(有岡城の戦い)は1579年に鎮圧された
  9. 1576年

    第一次木津川口海戦で毛利方が勝利

    石山本願寺へ兵粮を運ぶ毛利氏・村上水軍の船団が、木津川口で織田方水軍を破り、海上補給路を維持した。敗戦後、信長は九鬼嘉隆らに大型船の建造を命じた。

    第一次木津川口海戦で毛利方が勝利が行われた1576年の勢力図
  10. 1580年

    池田恒興高山右近・中川清秀ほか

    織田氏1580年8月に石山本願寺が退去し、摂津は織田の分国となった
  11. 石山合戦終結

    本願寺法主顕如は勅命による講和を受け入れて石山本願寺を退去し、織田信長と本願寺の約十年に及ぶ戦いが終結した。

    このできごとを詳しく見る →
  12. 1581年

    高山右近

    織田氏
  13. 1582年

    高山右近・摂津諸領主ほか

    羽柴氏高槻などを諸領主が分領
  14. 6月織田信孝が四国出陣を中止し山崎の戦いへ向かう

    織田信孝は四国攻めのため大坂方面に集結していたが、本能寺の変で出陣を中止した。その後、羽柴秀吉軍に加わって山崎の戦いで明智光秀と戦った。

    この合戦を詳しく見る →
  15. 1583年

    羽柴秀吉・高山右近ほか

    羽柴氏1583年に羽柴秀吉が大坂城の築城を開始し摂津東部を直轄した/羽柴秀吉が大坂城を築き摂津諸領主が分領
  16. 9月大坂城築城開始

    羽柴秀吉が石山本願寺跡で大坂城の築城を始め、天下統一の政治・軍事拠点とした。

    大坂城築城開始が行われた1583年の勢力図
  17. 1584年

    羽柴秀吉・高山右近ほか

    羽柴氏1583年に羽柴秀吉が大坂城の築城を開始し摂津東部を直轄した/大坂城の羽柴秀吉と高槻の高山右近ら諸領主が分領
  18. 1585年

    羽柴秀吉・羽柴秀勝・高山右近ほか

    羽柴氏1583年に羽柴秀吉が大坂城の築城を開始し摂津東部を直轄した/高山右近の明石転封後に羽柴秀勝が高槻城主
  19. 1586年

    豊臣秀吉・豊臣直轄領代官・摂津諸領主ほか

    豊臣氏大坂城と豊臣直轄領を中心に諸領主領が並立
  20. 10月27日徳川家康が大坂城で秀吉に謁見

    徳川家康が大坂城へ登城して豊臣秀吉に謁見し、豊臣政権下の大名秩序に組み込まれた。

    徳川家康が大坂城で秀吉に謁見が行われた1586年の勢力図
  21. 1587年

    豊臣秀吉・豊臣直轄領代官・摂津諸領主ほか

    豊臣氏大坂城と豊臣直轄領を中心に諸領主領が並立
  22. 1588年

    豊臣秀吉・豊臣直轄領代官・摂津諸領主ほか

    豊臣氏大坂城と豊臣直轄領を中心に諸領主領が並立
  23. 1589年

    豊臣秀吉・豊臣直轄領代官・摂津諸領主ほか

    豊臣氏大坂城と豊臣直轄領を中心に諸領主領が並立
  24. 1590年 〜1594年

    豊臣秀吉・豊臣直轄領代官・摂津諸領主ほか

    豊臣氏大坂城と豊臣直轄領を中心に諸領主領が並立
  25. 1593年

    8月3日豊臣秀頼誕生

    大坂城で豊臣秀吉の子・拾(のちの秀頼)が誕生し、豊臣家の後継をめぐる政治状況が変化した。

    豊臣秀頼誕生が行われた1593年の勢力図
  26. 1595年 〜1597年

    豊臣秀吉豊臣秀頼・新庄直頼・摂津諸領主ほか

    豊臣氏大坂城領・高槻城領などが並立
  27. 1598年 〜1599年

    豊臣秀頼・新庄直頼・摂津諸領主ほか

    豊臣氏秀頼が大坂城と豊臣直轄領を継承し諸領主領と並立
  28. 1599年

    3月3日前田利家死去

    豊臣政権の五大老として徳川家康を牽制していた前田利家が大坂で死去し、政権内の均衡が崩れた。

    前田利家死去が行われた1599年の勢力図
  29. 1600年

    豊臣秀頼・摂津諸領主ほか

    石田方戦後に摂津諸領が再編された/関ヶ原で国を抑えた大名の属した陣営で塗る/関ヶ原合戦を経て摂津諸領を再編
  30. 1601年 〜1602年

    豊臣秀頼

    豊臣氏大坂城の豊臣領と徳川方諸領主・代官支配が並立
  31. 1603年 〜1613年

    豊臣秀頼

    豊臣氏大坂城の豊臣領と徳川幕府下の諸領が並立
  32. 1614年

    豊臣秀頼・徳川家康ほか

    諸勢力並立大坂冬の陣。11月から徳川方20万が大坂城を囲み12月19日に和議が成った/豊臣の所領は摂津・河内・和泉の65万7400石で、摂津では大坂城と城下だけである
  33. 11月大坂冬の陣始まる

    徳川方の大軍が大坂城を包囲し、豊臣方は真田信繁が築いた真田丸などを拠点に籠城戦を展開した。

    大坂冬の陣始まるが行われた1614年の勢力図
  34. 12月19日大坂冬の陣和睦

    徳川方と豊臣方の間で和睦が成立し、誓詞交換へ進んだが、対立は解消せず翌年の夏の陣へ続いた。

    大坂冬の陣和睦が行われた1614年の勢力図
  35. 1615年

    徳川家康・松平忠明ほか

    徳川政権大坂夏の陣後に豊臣氏が滅亡し松平忠明が大坂へ入封
  36. 5月6日大坂夏の陣で両軍激突

    大坂城南方で徳川・豊臣両軍が決戦に入り、豊臣方の真田信繁らが徳川本陣へ迫る激戦となった。

    大坂夏の陣で両軍激突が行われた1615年の勢力図
  37. 5月8日大坂城落城と豊臣氏滅亡

    大坂城が落城し、豊臣秀頼と淀殿が自害して豊臣宗家が滅亡した。

    大坂城落城と豊臣氏滅亡が行われた1615年の勢力図